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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7162号 判決 1981年8月25日

原告 池野竹雄

<ほか六名>

原告ら訴訟代理人弁護士 上坂明

同 北本修二

同 下村忠利

同 谷野哲夫

同 三上陸

同 高野嘉雄

被告 住友電気工業株式会社

右代表者代表取締役 亀井正夫

右訴訟代理人弁護士 色川幸太郎

同 林藤之輔

同 高坂敬三

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、

(一) 原告池野竹雄に対し、金二三六、二四四円、及び内金一一二、七九七円に対する昭和五三年一二月二三日から、内金五、三二五円に対する昭和五四年三月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

(二) 原告村田照国に対し、金二一九、八五二円、及び内金一〇三、九九八円に対する昭和五三年一二月二三日から、内金五、九二八円に対する昭和五四年三月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

(三) 原告釣井保資に対し、金二〇〇七三〇円、及び内金九七、六四五円に対する昭和五三年一二月二三日から、内金二、七二〇円に対する昭和五四年三月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

(四) 原告釣井孝啓に対し、金二〇九、四八八円、及び内金九九、六八〇円に対する昭和五三年一二月二三日から、内金五、〇六四円に対する昭和五四年三月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

(五) 原告大久保茂男に対し、金二四三、六〇〇円、及び内金一一二、二七一円に対する昭和五三年一二月二三日から、内金九、五二九円に対する昭和五四年三月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

(六) 原告宇都宮正に対し、金一六六、五五四円、及び内金八二、二九八円に対する昭和五三年一二月二三日から、内金九七九円に対する昭和五四年三月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

(七) 原告西村敏幸に対し、金一七六、九五六円、及び内金八七、二四一円に対する昭和五三年一二月二三日から内金一、二三七円に対する昭和五四年三月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、被告肩書地に本店を、大阪市此花区島屋一丁目一番三号に大阪製作所を有するほか、全国に工場等を有する電線の製造等を業とする株式会社である。

2  原告らは、いずれも被告に雇用され、大阪製作所に勤務している。

3  原告らの大阪製作所における勤務時間は、昭和四六年一月から昭和五二年一二月まで、次のとおりであった。

(一) 八時二〇分 入門、タイムレコーダー打刻

(二) 八時三〇分 作業開始

(三) 一二時    休憩開始

(四) 一二時四五分 作業開始

(五) 一七時一五分 作業終了

(六) 一七時二〇分 出門、タイムレコーダー打刻

4  大阪製作所においては、昭和四六年一月から昭和五二年一二月までの間、八時二一分以降にタイムレコーダーを打刻した場合には遅刻として、一七時一九分以前に出門した場合には早退として取扱った。

即ち、八時二一分から八時三〇分までの間に入門した場合及び一七時一五分から一七時一九分までの間に出門した場合には、賃金カットはなされないが、タイムカードには赤字で刻印され、遅刻または早退として考課上不利益な取扱をされ、また一時金の支給に関しては、遅刻及び早退が三日で欠勤一日として取扱われた。

5  また、右一五分間における時間利用の実態は、次のとおりであって、原告らの自由な利用が保障されていなかった。

(一) ラジオ体操

被告においては、八時二〇分から八時二七分頃までラジオ体操を実施しているが、被告の被覆線工場安全準則及び工作掛規定集によれば、ラジオ体操への参加が従業員の服すべき規律として義務づけられており、その完全な実施を文書により周知徹底されているうえ、ラジオ体操の伴奏音楽を全工場に流し、放送で参加を促し、各掛、各班毎に集合させ、前列に指揮者を配して実施し、被告は、その実施状況を各職場に適宜報告させ、参加しない者に対しては、職制が理由を問い、参加を指示し、その結果ほぼ全員が参加している実情にあるのであって、ラジオ体操は、作業の準備行為として、被告によって義務付けられ、被告の指揮命令のもとに行なわれているものである。

(二) 更衣等

被告においては、就業規則五七条一項により所定の服装により就業することが義務付けられ、かつ、保護具の着用が定められている作業についてはその着用が義務付けられている。

所定の服装とは、統一された制服であり、保護具とは、安全靴、ヘルメット、特定の作業については、腕カバー、足カバー等の安全具であり、それら被告によって義務付けられた服装、安全具等の着脱行為は、作業の準備行為として、被告の指揮命令のもとに行なわれる行為である。

(三) 作業の引継ぎ

勤務の交替に伴う作業の引継ぎは、右一五分間において口頭及び引継簿の授受によって行なわれており、それに携わる者は、前記ラジオ体操に参加しない。

(四) 片付け及び手洗い等

被告においては、終業時刻から出門時刻までの五分間に、伝票の整理、片付け、手洗い等を行なっており、また、入浴時間は出門時刻以降になすべきものとされ、それ以前の入浴は禁じられている。なお、工作掛については、終業時刻前五分間が手洗い時間とされているが、これは工作掛が機械油を常用するとの特殊性によるものであって、他の職場と同一にみることはできない。

6  ところで労働時間は、一般的には、労働者が使用者の指揮監督下におかれた時間であって、いわゆる手待ち時間も労働時間に含まれることからも明らかなように、労働者が具体的にどのような作業に従事したかにかかわらない。

そこで、一般的には、工場への入門時刻をもって労働時間の起算点、工場からの退門時刻をもってその起算点とすべきところ、右のとおり、大阪製作所において、従業員は、八時二〇分までに入門すること及び一七時二〇分までは大阪製作所内にとどまることを命じられており、それを守らなかった場合には前記制裁が課されたものであり、また、右一五分間の利用状況に鑑みると一日の労働時間は八時間一五分となり、一五分間の時間外労働をしていたことになる。

なお、休憩時間は、労働時間の中途にとられるものであり、しかも、その時間は、構内にとどまるか外出するかが労働者の自由に委ねられていなければならないところ、被告は、従業員に対し、始業前終業後の合計一五分間につき、構内にとどまることを制裁をもって命じていたものであるから、右一五分間は休憩時間ではなく、労働時間である。

7(一)  被告の社員賃金規則には、被告はその従業員に対し、早出及び残業について、時間割賃金(別紙一覧表の割増賃金計算基礎額を一六八で除したもの)に早出及び残業時間数並びに一・三を乗じた割増賃金を支給することを定めている。

(二) 各原告らの別紙一覧表の賃金月(西暦)及び計算期間(西暦)における、割増賃金計算基礎額(円)、出勤日数(日)は、同表のそれに対応する欄に記載のとおりであり、入門から始業時刻及び終業時刻から退門までの時間の合計は、同表の未払労働時間欄(小数点以前時間、小数点以降分)に記載のとおりである。

(三) 右未払労働時間欄記載の時間は、時間外労働時間であるから、被告は各原告に対し右(一)の規則により別紙一覧表の未払賃金欄記載の時間外割増賃金を支払うべき義務があり、その合計額は同表の各合計欄記載のとおりである。

8  よって、原告らは被告に対し、右7の(三)の未払時間外割増賃金及びそれと同額の労働基準法一一四条に基づく附加金並びに未払時間外割増賃金のうち請求の趣旨記載の各内金に対する本件訴状送達日である昭和五三年一二月二三日ないしは昭和五四年一二月二七日受付原告ら準備書面の送達日の翌日である昭和五五年三月一日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

《以下事実省略》

理由

一  請求の原因1ないし4の事実については当事者間に争いがない。

そこで、次に、被告の大阪製作所における入門時刻から始業時刻までの一〇分間と終業時刻から出門時刻までの五分間との合計一五分間が労働時間に該当するか否かについて検討する。

二  被告の大阪製作所において、昼勤者につき、入門時刻である八時二〇分から始業時刻である八時三〇分までの時間帯に、工場内へラジオ体操の伴奏音楽を放送して、ラジオ体操を実施していることは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告は、従業員の健康管理及び安全衛生への配慮から、ラジオ体操に全従業員が参加することを目標として、一部の職場では指揮者のもとに統率させ、その実施状況を報告させ、あるいは文書でそれへの参加を周知徹底させていたことが認められるが、原告大久保茂男の本人尋問の結果中、被告が従業員に対しラジオ体操への参加を義務付けていたとの原告の主張にそう部分は、《証拠省略》によれば、ラジオ体操への参加は自主的なものであることが窺われること、《証拠省略》によれば、ラジオ体操の時間に私用のためそれへ参加しない者がいたり、入門時刻間際に入門したためラジオ体操の一部または全部への参加ができない者がいたりし、そうしたことにより被告から格別の不利益が課せられないこと、ラジオ体操はその時間帯に組合活動がなされる場合や雨天の場合には実施されないこと、ラジオ体操の実施方法及びその奨励の方法は各職場において統一されていないことが窺われることに照し措信できず、その他にラジオ体操への参加が義務付けられていたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、ラジオ体操への参加は、被告においてそれを従業員に強く奨励していたものに過ぎないものというべきであって、従業員にそれを義務付けていたとまでいうことはできないから、ラジオ体操の実施をもって、右一〇分間を労働時間とする根拠とはなしえない。

三  被告の従業員が被告の大阪製作所において、入門時刻から始業時刻までの一〇分間及び終業時刻から出門時刻までの五分間に作業着、ヘルメット、安全靴、あるいは特定の職場における腕カバー、足カバー等の着脱を行なっていることは当事者間に争いがない。

ところで、《証拠省略》によれば、被告の就業規則第五七条(安全に関する遵守事項)一項に、安全規則、作業心得その他危害の予防に関する規則を守り、所定の服装、姿勢で作業することを定め、被告と労働組合との間で作業服等のデザインなどについて協議し、そこで定められた作業服等についてその購入価格の半額を被告が負担していること、大阪製作所の従業員はほとんど全員が右作業服を着用していることが認められるが、《証拠省略》中、それが制服であるとの主張にそう部分は、《証拠省略》によれば、必ずしも全員が右作業服を着用すべきことを前提としていないことが窺われること、《証拠省略》によると、右作業服をほぼ全員が着用しているのは、被告がその着用を義務付けているからではなく、その購入費用の半額を被告において負担するため安価に購入できるからであることが窺われることに照し措信できず、《証拠省略》の記載は、作業服を統一する理由として作業の安全確保をあげたものに過ぎず、右労使の間で決めた作業服についてのみに関するものであり、他の作業服を許さない趣旨のものとは解しえないことに徴し、それをもって右作業服の着用を義務付けたものと認めるべき証拠とはなしえず、その他に右作業服が制服であること及び被告がその着用を義務付けていたことを認めるに足りる証拠はない。

しかも、更衣時間は一般的には労働時間に含まれないものと解すべきところ、被告において原告らの更衣等の時間が労働時間に含まれるものと認めるべき特段の事由も認められない。

従って、原告らが入門時刻から始業時刻までの一〇分間及び終業時刻から出門時刻までの五分間に更衣等を行なっているからといって、それをもってその時間が労働時間に含まれるとする理由はない。

四  《証拠省略》中、本件の一五分の時間帯において勤務交替の引継ぎが行なわれているとの部分は、《証拠省略》によると、大阪製作所における勤務の交替の際の作業の引継ぎは、前の勤務の責任者が引継簿ないしは作業日誌に引継事項を記載し、次の勤務の者がそれを見て、始業時刻において勤務の交替をする、口頭の引継ぎによらないところの、いわゆるタッチ交替の方式が採用されていることが認められることに照し措信できず、その他に本件一五分の時間帯に右引継ぎが行なわれていることを認めるに足りる証拠はない。

五  原告大久保茂男の本人尋問の結果中、被告の大阪製作所においては、終業時刻から出門時刻までの五分間に作業の後片付け等が行なわれているとの部分は、右本人尋問の結果中に右後片付け等を行なっているのは出門時刻まで出門できないからという理由からであるとの部分があって、被告の指揮命令に基づいてなしているとの供述内容とはなっていないこと、《証拠省略》によれば、被告の大阪製作所においては、終業時刻までに作業の後片付けまでが終了するように、各職場の判断により後片付けの時間を見込んで作業をやめていることが窺われることに照し措信できず、その他に右後片付けを終業時刻後に行なっていることを認めるに足りる証拠はない。

なお、《証拠省略》によれば、大阪製作所においては出門時刻前の入浴を禁じられていることが認められるが、そもそも、被告の設備を利用しての入浴時間をどのように定めるかは被告の自由であるのみならず、《証拠省略》によれば右禁止は必ずしも厳格に遵守されていないことが窺われるから、出門時刻前の入浴を禁じられていることをもって、終業時刻から出門時刻までの五分間をもって労働時間とする根拠とはなしえない。

六  以上二ないし五において検討したところによれば、入門時刻から始業時刻までの一〇分間及び終業時刻から出門時刻までの五分間が労働時間たる実態を有していることは認められないことになり、その他にそれを認むべき証拠はない。

七  そうすると、尽きるところは、被告の大阪製作所において、前記認定のとおり、入門時刻に遅れた者及び出門時刻前に出門した者について、考課上不利益な取扱をし、一時金の支給に関しても不利益に扱っていることによって、入門時刻から始業時刻までの一〇分間及び終業時刻から出門時刻までの五分間の合計一五分間が労働時間となるか否かということになる。

1  《証拠省略》を総合すると、被告の大阪製作所においては、昭和五三年一月四日まで、就業規則第五条により、就業時間を一日九時間(一週間四五時間)、実働時間を一日八時間と定め、同規則第六条により、各勤務につき被告の主張2の別表(1)のとおりの就業時間割を定め、入門時刻から始業時刻までの一〇分間、始業時刻から終業時刻までの中間に存する四五分間、終業時刻から出門時刻までの五分間、合計一時間を休憩時間とする旨定め、それにつき原告ら所属の労働組合との間で同一内容の協定及び覚書を交し、労働基準監督署にそれを届出てあったことが認められ、右に反する証拠はない。

また、《証拠省略》によれば、被告の大阪製作所においては、各年毎の一時金に関する労使の交渉により、入門時刻に遅れて入門しまたは出門時刻に先立って、始業時刻に遅れずかつ終業時刻前に早退しなかった場合に、それが三回になった場合には、欠勤一日に換算して、それを一時金の支給額を査定する際の一要素とする旨の合意をしてきたこと、被告の大阪製作所においては、始業時刻後または終業時刻前に入門または出門のタイムカードを打刻した場合にのみ賃金カットをしていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、前記の入門時刻に遅れた場合及び出門時刻に先立って出門した場合の考課及び一時金支給についての不利益な取扱いは、単に右入門時刻及び出門時刻を遵守しなかったことに対する不利益な取扱い以上のものであることを認めるに足りる証拠がないから、仮に右考課上の不利益が昇給及び昇格にまで影響を及ぼすとしても、それが賃金カット等労働を提供しなかったことそのものについての不利益な取扱を含むことを認めるに足りる証拠がなく、かつ、前述の如く、入門時刻から始業時刻までの一〇分間及び終業時刻から出門時刻までの五分間に、被告がその従業員を指揮監督下に置き、現実の労働の提供ないしはその時間においていつでも労働の提供をさせうべく準備させるなどの、右時間が実質的に労働時間であることを認めるに足りる証拠がない以上、右入門時刻及び出門時刻は、いわば集合時刻及び解散時刻を定めたのと異るところがなく、右時刻を遵守しなかったことに対して不利益な取扱いをすることは、いわば集合時刻または解散時刻を遵守しなかったことに対するものに過ぎず、労働を提供しなかったことに対する制裁とは別異のものというべきであるから、その不利益が前記の範囲にとどまる限度では、その遵守を確保するためのものとして許容され、右1の就業規則、協定等の効力を妨げるべき事由とはなりえない。

ましてや、《証拠省略》によれば、被告の大阪製作所においては、従業員の通用門(二ヶ所)と各職場との距離がまちまちであり、かつ、最も離れている職場まで少なくとも五分以上を要し、出退勤を右通用門に設置されたタイムレコーダーにより一律に管理していたことが認められ、それらによると、始業時刻に間に合うためにはそれより五分以上前に入門しなければならず、終業時刻まで就労して出門しようとすればそれより五分以上後に出門しなければならないことが必然的であることが推認され、《証拠省略》中これに反する部分は措信できず、その他にこれを覆えすに足りる証拠はないから、前記入門時刻及び出門時刻の設定は合理的かつ妥当なものというべきである以上は、なおさらである。

3  従って、被告の大阪製作所において、始業時刻ではなく、入門時刻に遅れたに過ぎない者または終業時刻ではなく出門時刻に先立って出門したに過ぎない者を、考課上または一時金支給の査定上不利益に取扱ったことをもって、入門時刻から始業時刻までの一〇分間及び終業時刻から出門時刻までの五分間の合計一五分間を労働時間であるものと認めることはできない。

八  以上検討したところによれば、被告の大阪製作所における入門時刻から始業時刻までの一〇分間及び終業時刻から出門時刻までの五分間の合計一五分間は、労働時間とは認められず、それが労働時間であることを前提とする原告らの請求は、その余の点を検討するまでもなくすべて理由がないことに帰するから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 草深重明)

<以下省略>

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